脳・心臓疾患の労災認定基準の見直し(2021年7月厚労省専門検討会報告書)
2021年7月に、厚生労働省の検討会による報告書「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」が公表されました。
その内容をいくつかピックアップします。
そもそも何かというと
この報告書は、厚生労働省の「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」*1
が、労災の認定基準の一部について再検討したものです。検討の対象となるものは、脳血管疾患や虚血性心疾患など(「脳・心臓疾患」といっています)です。
実は、脳・心臓疾患の労災について、現行基準は20年前の2001年に決められたものです。20年前と今とでは、働き方や職場環境なども大きく変わっている部分もあるかと思います。また、医学的知見もより進んでいるでしょう。そのため、改めて今の時代にフィットしているか?ということを再度見直し、報告書として出したものです。(※主要でないところは一部改正はされてきました)
この報告書の中から、いくつかピックアップしてみます。
脳・心臓疾患の発症
脳・心臓疾患は、時間とともに緩やかに進行する性質のもので、年齢が上がるにつれて発症数が増えます。加齢に加えて遺伝や生活習慣などが大きく影響し合いながら徐々に進行し、ある閾値に達すると発症するイメージです。
しかし、「過重な業務の負荷」により、その進行スピードを速めて発症に至ることがあります。過重な業務負荷は、直接ではないものの発症に密接に関与していることがわかっています。
過重な業務負荷とは
「過重な業務負荷」とは何かということですが、以下3つが規定されています。
「過重な業務の負荷」(ア〜ウは上記の図に対応)
- 「長期間」:発症前おおむね6ヶ月
- 「発症に近接した時期」:発症直前からおおむね1週間
「疲労の蓄積」は、長い間にかけてかなりの疲れが溜まった状態、「急性の負荷」は、直近で超ハードな仕事orトラブルなどで負担激増状態といったところでしょうか。
それぞれ、前者を「長期間の過重労働」、後者を「異常な出来事」or「短期間の過重業務」といっています。
「長期間」「短期間」をより具体的に見ます。
多くの研究を比較検討した結果、以下(など)が当てはまるとされています。
- 「長期間」:発症前おおむね6ヶ月
- 「短期間」:おおむね1週間以内
ひるがえって現行基準では、
- 「長期間の過重労働」 :発症前おおむね1〜6ヶ月
- 「異常な出来事」 :発症直前〜前日
- 「短期間の荷重な業務」:おおむね1週間
があったこととしており、表現は異なるものの上記とほぼ一致、現行基準で妥当とされています。
異常な出来事・短期間の過重業務
「異常な出来事」や「短期間の過重業務」の具体的内容は、以下とされています。
「異常な出来事」
- 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす事態
- 急激で著しい身体的負荷を強いられる事態
- 急激で著しい作業環境の変化
例)
- 業務に関連した重大な人身事故や重大事故の直接関与した場合
- 事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合
- 生命の危機を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合
- 著しい身体的負荷を伴う消化作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行等を行なった場合
- 著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業、温度差のある場所への頻繁な出入りを行なった場合
「短期間の過重業務」
特に過重な業務に就労したこと
例)
これらが認められる場合、脳・心臓疾患の発症と業務の関連性は強いとみなされます。
これも、現行基準と一致するものです。
長期間の過重業務
「長期間の過重業務」は、現行基準では、「発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと」としており、「著しい疲労の蓄積」をもたらすものは長時間労働が主に想定されています。(長期間とは、おおむね1〜6ヶ月)
長時間労働とは、具体的には、
- 発症前1か月間におおむね 100 時間を超える時間外労働に継続して従事した場合
- 発症前2か月間 ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね 80 時間を超える時間外労働に継続して従事した場合
- 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね 45 時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると判断される
これらは、1日あたり4〜6時間の睡眠時間を確保できない状態が継続しているとみなせるレベルです。
多くの研究を検討すると、7時間or7〜8時間睡眠と比べ、それよりも短い睡眠時間だと、脳・心臓疾患or死亡のリスクが高くなる傾向がみられます。そして、この報告では、現行と同様、1日あたり5〜6時間睡眠をひとつのラインとして評価しています。
疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足は深く関わっているといえ、本検討会は、現時点の疫学調査の結果を踏まえても、 引き続き、1日5~6時間程度の睡眠が確保できない状態が継続してい た場合には、そのような短時間睡眠となる長時間労働(業務)と発症との関連性が強いと評価できるものと判断する。
以前、6時間睡眠が約10日続くとタスク処理の注意力は1日徹夜と同等レベルになるという研究をみましたが、脳・心臓疾患や死亡率でも、5〜6時間を一つのめやすとして影響が認められているようです。
労働時間以外のファクター
労働時間だけではなく、以下のファクターも検討し、「総合的に評価」することが適切としています。
- 勤務時間の不規則性(拘束時間の長い勤務、休日 のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務・交替制勤務・ 65 深夜勤務)
- 事業場外における移動を伴う業務(出張の多い業務、その他事業場 外における移動を伴う業務)
- 心理的負荷を伴う業務
- 身体的負荷を伴う業務
- 作業環境(温度環境、騒音)
心理的負荷
多くの研究において、以下のようなファクターがあり心理的負荷が高いケース群では、脳・心臓疾患発症のリスクが有意に高いことが認められています。(これらはストレスチェックの項目にも設定されています)
- 仕事の要求度が高い
- コントロールが低い
- 周囲からの支援が少ない
また、過去の裁判例で、以下のものは心理的負荷を伴う業務の荷重性が評価されています。
- 自分の生命が脅かされるような危険作業
- 極めて達成困難なノルマ
- 取引先からの重大なクレーム
- 上司からの執拗な精神的攻撃
など
身体的負荷
現行基準では具体的に規定されていません。(客観的かつ総合的に判断する一つのファクターとして挙げられてはいます)
本報告では、研究からも業務の身体的負荷と脳・心臓疾患の発症には関連性が認められており、「身体的負荷を伴う業務」を負荷要因として挙げています。
「身体的負荷を伴う業務については、業務内容のうち重量物の運搬作業、人力での掘削作業などの身体的負荷が大きい作業の種類、作業強度、作業量、作業時間、歩行や立位を伴う状況等のほか、当該業務が日常業務と質的に著しく異なる場合にはその程度(事務職 の労働者が激しい肉体労働を行うなど)の観点から検討し、評価すること」
複数の仕事をしている場合
2020年(令和2年)に労働者災害補償保険法が改正され、複数事業での業務についても「複数業務要因災害」として対応されることになりました。
それに対応して、現行でも複数事業での業務を合わせて検討することがされています。つまり、複数の事業で業務を行なっていた場合、各々の労働時間を通算して評価します。
まとめ
本報告書のまとめ。(一部です)
おおむね、現行基準が妥当との結論のようです。
脳・心臓疾患についての現行基準の考え方は現在の医学的知見から見ても妥当(業務における、発症に近接した時期における業務負荷and/or長期間の疲労の蓄積が発症に影響する、という考え)
発症に近接した時期の急性負荷は、「異常な出来事」「短期間の過重業務」を評価(現行通り)
長期間の過重業務は、①発症前1ヶ月間におおむね100時間超の時間外労働に継続して従事 ②発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たりおお むね80時間を超える時間外労働に継続して従事 ③発症前1ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合には、業務と発症との関連性が弱く、1ヶ月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と 発症との関連性が徐々に強まると判断
業務による負荷要因は、労働時間、勤務時間の不規則性(拘束時間の長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務)、事業場外における移動を伴う業務(出張の多い業務、その他事業場 外における移動を伴う業務)、心理的負荷を伴う業務、身体的負荷を伴う業務及 び作業環境(温度環境、騒音)・・・の各要因について検討、総合的に評価すること
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